四季展示 いつきのみやの春 「端午の節句」

【鯉のぼりのゆらい】

一般的に良く知られているのは中国の伝説です。鯉が竜門という急流の滝を登ると、竜になって天に登るいう出世にちなんで、男児の立身出世を願う親心が鯉のぼりになったという教訓的な説です。目的地に達成するためにあらゆる逆境に打ち勝つこいの勇気と強さを望んでいたのでしょう。鯉のぼりは中国の故事にならって、日本で作られたもので、中国にあったものではありません。

また、鯉は姿も生態も威勢がよく、男性的な魚だからという形態説もあります。確かに鯉は、江戸時代の祝い事の図柄としてもよく見られ、旗のぼりのすそ模様などにもよく使われます。

しかし最初から大きな鯉のぼりを空になびかせたのではなく、最初は旗の登の上の端に付属品としてつけたものが、後に独立したのではないかといわれています。江戸時代中期の史料の挿絵には、旗幟の端に小さな鯉がくくりつけられているのをみることができます。

男の子が生まれたとき、鯉のぼりを立てるのは、我が家に男の子が誕生したことを天の神に告げ、その守護を願うための目印にしたといわれています。

競馬(くらべうま) 

 

 

 

 

 

 

 


鯉のぼりの由来



















こいのぼりをつくろう♪ 終了しました

競馬とは、奈良・平安時代に宮中儀式の一つとされていた乗馬競技です。宮中では、端午の節会の宴のあと、五月五日に行われ、二頭の馬を直線コースの馬場で一定の距離を走らせて勝敗を争ったといわれています。

源氏物語 蛍の巻』にも花散里の住む六条院東北に作られた馬場殿において五月五日、宮中での行事に倣って行われた競馬のことが描かれています。

また、現在でも京都の上加茂神社で行われる「加茂競馬」があります。これは元々、六衛府を中心に武芸の鍛錬のために行われていた走馬の競技で、左方と右方に分かれて競い、勝負の数を争う団体競技だったものを、後に堀川天皇の勅願で寛治七年(1093)に武徳殿から上賀茂神社に移したと伝えられています。京都の葵祭は五月十五日が本祭ですが、五月一日から本祭前に様々な前儀が行われ、祭りに出る方々すべてが、精進潔斎します。この中の一つが「加茂競馬」です。














  • こいのぼりをつくろう
  • (色つきタイプ)PDF
  • こいのぼりをつくろう
  • (ぬりえタイプ)PDF

 

  • 【用意するもの】
  •  ・色紙 7.5×7.5cm(普通サイズの1/4)
  •  ・ストロー1本 ・長さ3cmに切ったストロー1個
  •  ・長さ2cmに切ったストロー1個 ・つまようじ1本
  •  ・のり ・セロハンテープ ・はさみ ・めうち
  • 【作り方】
  • 「こいのぼりをつくろう」PDFをダウンロードして、こいのぼりを作る
  • 「かざぐるまのつくりかた」PDFを見て、かざぐるまを作る。
  • こいのぼりとかざぐるまを合体させてできあがり♪
  • 作り方動画はこちらをクリック
  • かざぐるまのつくりかたPDF